世界情勢が大きく変化している中、人口10億人のインドは中国とともに、今後の世界の政治のゆくえ、経済発展などで中心的役割を果たすひとつといっていいだろう。colors BOOKS「白熱教室」は、『インド人はなぜ頭が良いのか』の著者である林明さんと、『ガンディー 魂の言葉』の翻訳者の一人である豊田雅人さんの対談を通して21世紀のガンディーに関して考えていきたい。お二人の詳しいプロフィールは第1回を参照。
『インド人はなぜ頭が良いのか インド式教育その強さの秘密』
林明、佐藤博美・著\450・kindle版(colors BOOKS)⇒特設ページ
『ガンディー 魂の言葉』
マハトマ・ガンディー・著、浅井幹雄・監修、豊田雅人・訳\1296、\756・kindle版(太田出版)
お二人がガンディーの本質と口をそろえる「共感力」。その現代社会での可能性を考えていく。
CB:今回は、前回の対談で出た「共感力」をより深く考えることから始めましょう。
林:本当に「共感力」というものが無い時代になってしまいましたよね。みんな周りには無関心。例えば、2008年の秋葉原事件なんかその典型的な現れですかね。でも日本も昔は、民話や言い伝えなどに残っているように「共感力」があった。「山川草木悉皆成仏」という言葉に象徴的なように、特に自然のモノとも共感できるというのは日本の大きな特徴だったはずです。でも3.11の震災以降、そういう考え方が再びいろいろな人たちの中に現われてきた気もしますけれど。
豊田:「共感力」の欠如は、教育の問題でしょうかね?
林:頭だけでなく体まで意識した全人的な教育が必要なんですけどね。僕のような60年生まれの人間は、教育の現場で受験戦争が肥大していった時代を見てきた。あの時代が、共感力欠如の始まりだったのかな。
豊田:僕は68年生まれですが、校内暴力といじめの時代が切り替わる時期と重なります。そして重要なのは「僕たちには未来がある」という言葉が嘘だというのが明白になり始めてきた時代だということですね。漫画「ドラえもん」などでよく出てきますが、ガキ大将のジャイアンがいて、みんなが集まる広場に大きな土管があってそこに隠れたりとか、そういうみんなで共有するような風景なんか見たことがない。もうひとつ、共感という意味で、おもしろかったのは80年代に始まった山田太一のドラマ「ふぞろいの林檎たち」。あのドラマでは、仲間と共感しながらも、本当はそのレベルでは満足できない、しかし、現実的にはこいつらを仲間としていくしかないというジレンマ、諦めともつかない葛藤。明快な「共感力」が、少し複雑な形を取っていく、そんな時代ですね、僕が育ったのは。
林:実は、今のインドもそういう風になり始めています。中流階級以上からは、気楽に交流することが少ない「アパート族」というのが、ここ10年ぐらい出てきました。でもまあ、インドは10億人の国なので、日本のように一気に変わったりはしない。
豊田:日本では新しい形での「共感力」が起きてきているように感じます。2013年に反原発運動のデモが官邸を取りかこんだことがありましたよね。当初、日本のメディアはそれほど重要なことと考えていなかったようですが、仏の新聞ルモンドがいち早く報道した。そして、その報道したという事実を、日本のテレビが報道するという不思議な流れが起きましたね。そんな自然な形での「共感力」はある部分では大きくなってきているのではないでしょうか。
林:そう考えると、やはり、私たちにとって、3.11は大きいんですね。
豊田:その官邸デモでおもしろいのは、ユーチューブやユー・ストリームなどの動画サイトで中継されるとまずいというので、警官がマスクをつけて顔を隠しているんですよ。70年代の学生運動では、学生が覆面をしていたわけですけど、今は警官がマスクしている。それだけ市民が強くなったということでしょうかね。僕には、この官邸デモは、ガンディーの「塩の行進」と一緒の気がするんです。すぐに効果を生むとは思わないけれども、今でもしぶとく続いている。もちろん直後の規模からは減ってきてはいますが、それを動画サイトで中継することによって、何倍もの人間に配信できるんです。それって「塩の行進」のグローバルな時代における変化球じゃないのかな。もしガンディーが今の時代に生きていたら、ユーチューブなど使いまくっていたと思いますよ。
林:そうですね。ガンディーはマスコミの価値をわかっていたんで、インターネットは十分活用すると思います。2011年の「アラブの春」もたった一人のひとつの事件からですものね。あれは本当に社会運動とネットの力が結びつく強力な事例を現したものでした。一時、アラブの春とガンディーの運動を関係付けようという研究発表もいくつかありましたね。例えば、ラミーン・ジャハーンベーグルーの研究発表です。彼は、2013年に『The Gandhian Moment』という本を出しましたが、その中でもアラブの春とガンディーの運動を関係付けている箇所があるようです。
豊田:ガンディーの時代とちょっと違うのは、今の日本ではマスコミへの不信感がすごく大きくなっているということではないでしょうか。
林:確かに。特に、学生たちのテレビへの不信感は大きいですね。かといって、新聞も読まない。ネット見ている学生が圧倒的に多い。
豊田:3.11の時も、日本のテレビ、新聞よりも、ネットで見るBBCニュースの方が状況がよくわかる、という人もいましたね。
CB:「塩の行進」のような社会運動の可能性というのは今後の日本にあるんでしょうか?
林:今の学生は、宗教、政治に関してはアレルギーがあるので、少し違う形で訴えかけるほうが心に届くと思います。まず最初にフレンドリーな関係を作らないことには始まらないんですよ。「何かやりましょう!」ではついてこないので、まず心に訴えかける。そしてそれを心で感じてもらえればいい。いきなり実践は難しい。しかし、実はそれこそガンディーの目指したところかもしれないなとも思うんですけどね。
第2回「共感力」の参考資料
◆林明氏の著作『インド人はなぜ頭が良いのか インド式教育その強さの秘密』の特設ページはこちら